岡山城はJR岡山駅から徒歩15分。慶長2年(1597年)宇喜田秀家によって建てられた。江戸時代は岡山藩池田氏31万51千石の居城。 昭和20年の空襲で天主と石山門が炎上。現在の天主は昭和41年に復元されたもの。 (2007年3月2日撮影)
岡山の古い町名がわかる地図が岡山城に行く途中展示してあった。いくつもの堀が城を守っていた。またその堀は 船での物流の道でもあったことが分かる。
岡山城と後楽園の現在の地図。城の周りは岡山県庁や岡山県立図書館など公的機関が建つ。
旭川の右岸の岡山に築かれた岡山城。手前は月見櫓。月見橋を左へ渡るの岡山後楽園。北西方向。
北側から見た岡山城月見櫓。1620年岡山城主池田忠雄(いけだただかつ)によって造られた。戦火を潜り抜け当時の姿が見られる。 北西側は漆喰で塗込められている。国の重要文化財に指定されている。
北西直下から見た岡山城月見櫓。西側には唐破風造りの出格子窓の下から石落しができる構造で守りを堅めている。
南側の城内から見た岡山城月見櫓。北側からみたら2層たがこちらからだと3層建。大きさは東西桁行約10m南北梁間約8m。 最上階の雨戸を開けると手すりつきの縁がめぐらされ内側に腰高明り障子がある。月見の宴など日用に用いられる構造だ。
岡山城の天主台の地形は不等辺5角形で全国でも例のないユニークなものです。外壁の下見板が黒く塗られているので 烏(う)城と呼ばれています。
岡山大学が保存している江戸時代の岡山城本丸絵図 青色は瓦葺き、茶色はこけら葺きの建物
この城の石垣は自然石をそのまま積み上げたもの。高さ19.4m。慶長年代前の古い形式の石垣です。
左の天主と本殿、右の月見櫓と表書院を結ぶのがこの廊下門。昭和41年鉄筋コンクリートで再建された。
本段御殿の東側にある門。古図によるとこの階段の下にかなり大きな門があり防備を堅めていた。
不明門(あかずのもん)の東側。出窓格子の下は石落としだろうか。防備を固めた櫓のようだ。
再建された不明門(あかずのもん)。表書院から本段御殿と天主に向かう最大の門。
西側の表書院跡から見た岡山城天主。左下が廊下門二階の出口。
西側下部より見た岡山城天主。火灯窓のような意匠の格子窓が3つある。
東側下部より見た岡山城天主。
岡山城天主を南の本殿御殿跡側から撮影した。中央の石垣が鉄筋コンクリートで再建された岡山城の入り口 。入場料300円。3層6楷の天主がよくわかる。
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