暗黒の入牢 -黒田如水

【4】暗黒の入牢

 

 官兵衛にはまだ父親が健在であつた。そこで一族郎党を父につけて、之を秀吉の陣に送り約をまもる。自分は単身小寺の城へ登城して、強いて臣節を全うした。殺されるかも知れぬ。それを覚悟で、敢へて主人の城へ戻つた。いはゞ之も亦(また)一身をはつた賭博であるが、かゝる賭博は野心児の特権であり、又、生命だ。そして賭博の勝者だけが、人生の勝者にもなる。

 官兵衛は単身主家の籠城に加入して臣節をつくした。世は青年の夢の如くに甘々と廻転してくれぬから、此奴裏切り者であると土牢の中にこめられる。一刀両断を免がれたのが彼の開運の元であつた。この開運は一命をはつで得たもの、生命をはる時ほど美しい人の姿はない。当然天の恩寵を受くべくして受けたけれども、悲しい哉、この賭博美を再び敢て行ふことが無かつたのだ。こゝに彼の悲劇があつた。

この暗黒の入牢(じゅろう)中にカサ頭になり、ビッコになつた。滑稽なる姿を終生負はねばならなかつたが、又、雄渾なる記念碑を負ふ栄光をもつたのだ。かういふ義理堅いことをやる。  主に対しては忠、命をすてゝ義をまもる。そのくせ、どうも油断がならぬ。戦争の巧いこと、戦略の狡猾なこと、外交かけひきの妙なこと、臨機応変、奇策縦横、行動の速力的なこと、見透しの的確なこと、話の外である。

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