menamomi.net   カキツバタ

カキツバタ 植物画

カキツバタ 植物画

カキツバタ

 アヤメを書いたついでに、それと同属のカキツバタについて述べてみよう。  カキツバタの語原は書きつけ花の意で、その転訛(てんか)である。すなわち、書きつけは摺(す)り付(つ)けることで、その花汁(かじゅう)をもって布を摺(す)り染(そ)めることである。昔はこのような染め方が行われて、カキツバタの花の汁(しる)を染料(せんりょう)にしたのである。  その証拠(しょうこ)には『万葉集』に次の歌がある。 住吉(すみのえ)の浅沢小野(あささはをぬ)のかきつばた   衣(きぬ)に摺(す)りつけ著(き)む日知らずも かきつばた衣(きぬ)に摺(す)りつけ丈夫(ますらを)の   きそひ猟(かり)する月は来にけり  この二つの歌を見れば、カキツバタの花の汁(しる)で布を染(そ)めたことが能(よ)くわかる。(こういう場合の「よく」を「良く」と書いてはいけない。)  今からおよそ十年余(あま)りも前に、広島県安芸(あき)の国〔県の西部〕の北境(ほっきょう)なる八幡(やはた)村で、広さ数百メートルにわたるカキツバタの野生群落(やせいぐんらく)に出逢(であ)い、折(おり)ふし六月で、花が一面に満開して壮観(そうかん)を極(きわ)め、大いに興(きょう)を催(もよお)し、さっそくたくさんな花を摘(つ)んで、その紫汁(しじゅう)でハンケチを染(そ)め、また白シャツに摺(す)り付(つ)けてみたら、たちまち美麗(びれい)に染(そ)まって、大いに喜んだことがあった。その時、興(きょう)に乗(じょう)じて左の拙句(せっく)を吐(は)いてみた。 衣(きぬ)に摺(す)りし昔の里かかきつばた ハンケチに摺(す)って見せけりかきつばた 白シャツに摺(す)り付(つ)けて見るかきつばた この里に業平(なりひら)来ればここも歌 見劣(みおと)りのしぬる光淋屏風(こうりんびょうぶ)かな 見るほどに何(なん)となつかしかきつばた 去(い)ぬは憂(う)し散るを見果(みは)てんかきつばた  世人(せじん)、イヤ歌読みでも、俳人(はいじん)でも、また学者でも、カキツバタを燕子花と書いて涼(すず)しい顔をして納(おさ)まりかえっているが、なんぞ知らん、燕子花はけっしてカキツバタではなく、これをそういうのは、とんでもない誤(あやま)りであることを吾人(ごじん)は覚(さと)らねばならない。  しからばすなわち燕子花とはなにか、燕子花の本物はキツネノボタン科に属するヒエンソウの一種で、オオヒエンソウ、すなわち Delphinium grandiflorum L. と呼ぶ陸生宿根草本(りくせいしゅっこんそうほん)で、藍色(あいいろ)の美花(びか)を一花穂(かすい)に七、八花も開くものである。その花形(かけい)が、あたかも燕(つばめ)が飛んでいるような恰好(かっこう)から、それで燕子花の名がある。茎(くき)は細長く、高さおよそ六〇センチメートル内外で立ち、葉は細かく分裂し茎(くき)に互生(ごせい)している。そしてこの草は中国の北地、ならびに満州〔中国の東北地方〕には広く原野(げんや)に生じているが、わが日本にはあえて産しない。  燕子花と同様な大間違(おおまちが)いをしているものは、紫陽花である。日本人はだれでもこの紫陽花をアジサイと信じ切っていれど、これもまことにおめでたい間違(まちが)いをしているのである。この紫陽花は、中国人でもそれが何であるか、その実物を知っていないほど不明な植物で、ただ中国の白楽天(はくらくてん)の詩集に、わずかにその詩が載(の)っているにすぎないものである。元来(がんらい)、アジサイは海岸植物のガクアジサイを親として、日本で出生(しゅっせい)した花で、これはけっして中国物ではないことは、われら植物研究者は能(よ)くその如何(いかん)を知っているのである。  カキツバタは水辺、ならびに湿地(しっち)の宿根草(しゅっこんそう)で、この属中一番鮮美(せんび)な紫花を開くものである。葉は叢生(そうせい)し、鮮緑色(せんりょくしょく)で幅(はば)広く、扇形(せんけい)に排列(はいれつ)している。初夏(しょか)の候(こう)、葉中(ようちゅう)から茎(くき)を抽(ひ)いて茎梢(けいしょう)に花を着(つ)ける。花のもとに二、三片の大きな緑苞(りょくほう)があって、中に三個の蕾(つぼみ)を擁(よう)し、一日に一花(か)ずつ咲き出(い)でる。  花は花下(かか)に緑色の下位子房(かいしぼう)があり、幅(はば)広い萼(がく)三片が垂(た)れて、花を美しく派手(はで)やかに見せており、狭い花弁(かべん)三片が直立し、アヤメの花と同じ様子(ようす)をしている。花中の花柱(かちゅう)は大きく三岐(き)し、その端(はし)に柱頭(ちゅうとう)があり、その三岐片(きへん)の下には白色葯(やく)の雄蕊(ゆうずい)を隠している。この花も同属のアヤメ、ハナショウブ、イチハツなどと同じく虫媒花(ちゅうばいか)で、昆虫により雄蕊(ゆうずい)の花粉が柱頭に伝えられる。花がすむと子房(しぼう)が増大し、ついに長楕円状(ちょうだえんじょう)円柱形の果実となり開裂(かいれつ)して種子が出るが、果内(かない)は三室に分かれている。  花色(かしょく)は紫のものが普通品だが、また栽培品にはまれに白花のもの、白地(しろじ)に紫斑(しはん)のものもある。きわめてまれに萼(がく)、花弁が六片(へん)になった異品がある。  学名を Iris laevigata Fisch. と称するが、その種名の laevigata は光沢(こうたく)あって平滑(へいかつ)な意で、それはその葉に基(もと)づいて名づけたものであろう。そして属名の Iris は虹(にじ)の意で、それは属中多くの花が美麗(びれい)ないろいろの色に咲くから、これを虹にたとえたものだ。

出典 植物知識 牧野富太郎

出典 植物知識 牧野富太郎

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