「たのもさん」とは
厳島神社の末社の一つ四宮神社の大祭(大黒天)が旧暦8月1日に南町の氏子の人達によって行われます。 「タノモサン」はこの時の八朔(はっさく)行事です。宮島は信仰の島なので明治初期まで耕作は禁じられていました。 島民は島外に頼った農作物への感謝を込めて、手製の「たのも船」を流します。管絃祭の御座船を模して作った船の感じ です。対岸に着いた舟を田のあぜに置くと、豊作なるとの言い伝えもあり対岸の農民は船に乗り、沖合で待ち受け それをさせないで最後まで流したい島の子供たちとの攻防も昔はありました。 平成21年に「記録作成等の措置を講ずべき国の無形の民俗文化財」として指定されています。
四宮神社の麓に並べられる手作りの船
午後6時ぐらいから長さは70センチぐらいのたのもふねを持って四宮神社の麓に集まります。約40雙ぐらいの「タノモ船」(田実船・田頼船)が台の上に並べられ皆でできばえを話したりしています。
宮島の管絃祭の時のござ舟のように屋形があり提灯がつけられています。米粉で作っただんごの人形が家族の人数分のせられていたりします。 アフリカから観光の勉強をしにきている人達も船を作るワークショップに参加して自国の国旗の絵を提灯に書いていました。
旅館の名前が帆に書いてあるものもありみんなで伝統を守ろうとしていますし、商売繁盛を対岸のお稲荷様に伝えたいという願いもこめられています。 子供や家の名前を書いて家族の健康や繁栄を願ったりもします。
管絃祭を模した模型
こちらは海に流さないようですが管絃祭りの時の引き舟や鳥居や御座船の模型も会場に展示してありました。船の先にかがり火もつけられるようになっていて このあと点灯されていました。
タノモさんでコンサートも開催
池の水上に作った舞台でコンサートも行われていました。参道の両脇にかがり火がたかれ幽玄な雰囲気を作っています。鳥居の上の方に四宮神社が祀られています。 子供たちのために射的のゲームや出展者へのくじ引きカキ氷のサービスなんかもやっていました。
四宮神社の神主によるお払い
イベントと歓談のあと午後8時ぐらいより家族とたのも船に四宮神社の神主によるお祓いがありそのあと船を持っており海に向かいます
たのも船を持って下りる
たのも船を大事にもって四宮神社の麓の高台から大鳥居のある三笠浜へ向かいます。
たのも船 夜の厳島神社
たのも船を持って夜の厳島神社の回廊を通り拝殿前の平舞台の先端へ向かいます。
厳島神社よりタノモフネを流す
厳島神社、平舞台の先端の火焼前(ひたさき)から大鳥居に向けてタノモフネを流します。大鳥居に近い三笠浜から流す島民もいました。
大鳥居に向かう「たのも船」
弥山から吹き下す風を帆に受けて大鳥居の方向に向かう「たのも船」。大鳥居をくぐると縁起がよいとされみなそれを見届けていますが夜9時頃にはだいたい終了します。