ドクダミ 植物画
ドクダミ
ドクダミと呼ぶ宿根草(しゅっこんそう)があって、たいていどこでも見られる。人家(じんか)のまわりの地にも多く生じており、摘(つ)むといやな一種の臭気(しゅうき)を感ずるので、よく人が知っている。また民間ではこれを薬用に用いるので有名でもある。ドクダミとは毒痛(どくいた)みの意だともいわれ、またあるいは毒を矯(た)め除(のぞ)くの意だともいわれ、身体の毒を追い出すに使われている。また頭髪(とうはつ)を洗うにも使われ、またあるいは風呂(ふろ)に入れて入浴する人もある。すなわち毒を除くというのが主である。佐渡(さど)ではドクマクリというそうだが、これは毒を追い出す意味であろう。
この草の中国名は※(「くさかんむり/(楫のつくり+戈)」、第3水準1-91-28)(しゅう)であるが、ドクダミは今日(こんにち)日本での通名である。これをジュウヤクというのは※(「くさかんむり/(楫のつくり+戈)」、第3水準1-91-28)薬(じゅうやく)の意、またシュウサイというのは※(「くさかんむり/(楫のつくり+戈)」、第3水準1-91-28)菜(しゅうさい)の意である。草の臭気(しゅうき)に基(もと)づきイヌノヘドクサといい、その地下茎(ちかけい)は白く細長いからジゴクソバの名がある。またボウズグサ、ホトケグサ、ヘビクサ、ドクグサ、シビトバナなどの各地方言があるが、みなこの草を唾棄(だき)したような称で、畢竟(ひっきょう)不快なこの草の臭気(しゅうき)を衆人(しゅうじん)が嫌(きら)うから、このように呼ぶのである。馬を飼(か)うに十種の薬の効能(こうのう)があるから、それで十薬という、といわれているのはよい加減(かげん)にこしらえた名で、ジュウヤクとは実は※(「くさかんむり/(楫のつくり+戈)」、第3水準1-91-28)薬(じゅうやく)から来た名である。
この草は春に苗(なえ)を生ずるが、それは地中に蔓延(まんえん)せる細長い地下茎(ちかけい)から出て来る。茎(くき)は直立して三〇センチメートル内外となり、心臓状円形で葉裏帯紫色の厚い柔(やわ)らかな全辺葉(ぜんぺんよう)を互生(ごせい)し、葉柄本(ようへいほん)に托葉(たくよう)を具(そな)えている。茎(くき)の梢(こずえ)に直径一〜二センチメートルの白花を開くが、その花は四花弁(かべん)があるように見えるけれど、これは花弁を粧(よそお)うている葉の変形物なる苞(ほう)である。そしてその花の中央から一本の花軸(かじく)が立って、それに多数の花を着(つ)けているが、しかしその花はみな裸で萼(がく)もなければ花弁もなく、ただ黄色葯(おうしょくやく)ある三雄蕊(ゆうずい)と一雌蕊(しずい)とのみを持っているにすぎなく、まことに簡単至極(かんたんしごく)な花ではあるが、これに引き換(か)えその白色四片(へん)の苞(ほう)はたいせつな役目を勤(つと)めている。
すなわち目に着(つ)くその白い色を看板(かんばん)にして、昆虫を招いているのである。昆虫はこの白看板(しろかんばん)に誘(さそ)われて遠近から花に来(きた)り、花中(かちゅう)に立っている花軸(かじく)の花を媒助(ばいじょ)してくれるのである。けれども昆虫はただでは来(こ)なく、利益交換(りえきこうかん)の蜜(みつ)が花中にあるので、それでやって来(く)るのである。この草が群をなして密生(みっせい)している所では、草の表面にその白花が緑色の葉を背景に点々とたくさんに咲いていて、すこぶる趣(おもむき)がある。
このドクダミははなはだ抜き去り難(がた)く、したがって根絶(こんぜつ)せしめることはなかなか容易でなく、抜いても抜いても後(あと)から生(は)え出るのである。それもそのはず、地中に細長い白色地下茎(はくしょくちかけい)が縦横(じゅうおう)に通っていて、苗(なえ)を抜く時にそれが切れ、依然(いぜん)として地中に残り、その残りからまた苗(なえ)が生(は)えるからである。この地下茎(ちかけい)を蒸(む)せば食用にするに足(た)るとのこと、また地方によりこれから澱粉(でんぷん)を採(と)って食(しょく)しているところがある。
この草は日本と中国との原産で、もとより欧米(おうべい)にはない。欧州のある植物園では非常に珍しがって、たいせつに栽培してあるとのことだ。
このドクダミはハンゲショウ科に属し、Houttuynia cordata Thunb. の学名で世界に通っている。この属名はオランダの学者で日本の植物をも書いたホッタインの姓(せい)を取ったものだ。種名のコルダタは心臓形の意で、その葉形(ようけい)に基(もと)づいて名づけたわけだ。
出典 植物知識 牧野富太郎