ヒマワリ 植物画
ヒマワリ
ヒマワリは一名ヒグルマ、一名ニチリンソウ、一名ヒュウガアオイと呼ばれ、アメリカ合衆国の原産であるが、はやくに広く世界に広まり、諸国で栽培(さいばい)せられている。そしてわが邦(くに)へはけだし、昔中国からそれを伝えたものであろう。今はわが国内でもあまねく諸州で作られている。通常は観賞花草として栽(う)えられているばかりで、その実を食らい、あるいはそれから油を搾(しぼ)るなどのことはやっていないようだ。つまり有用植物としては顧(かえり)みられないでいる。
世人(せじん)は一般に、ヒマワリの花が日に向こうて回(まわ)るということを信じているが、それはまったく誤りであった。先年私が初めてこれを看破(かんぱ)し、「日まわり日に回(まわ)らず」と題して当時の新聞や雑誌などに書いたことがあった。つまりヒマワリの花は側方に傾(かたむ)いて咲いてはいれど、日に向こうてはいっこうに動かないことは、実地についてヒマワリの花を朝から夕まで見つめていれば、すぐにその真相がわかり、まったくくたびれもうけにおわるほかはない。
このヒマワリの花が日光を追うて回るということは、もと中国の書物から来たものだ。それは『秘伝花鏡(ひでんかきょう)』という書物に次のとおり書いてある。すなわち、
「向日葵(ひまわり)、毎幹(まいかん)の頂上(ちょうじょう)に只(ただ)一花(いっか)あり、黄弁大心(おうべんたいしん)、其(そ)の形盤(ばん)の如(ごと)く、太陽に随(したが)いて回転す、如(も)し日が東に昇(のぼ)れば則(すなわ)ち花は東に朝(むか)う、日が天に中(なか)すれば則(すなわ)ち花直(ただ)ちに上に朝(むか)う、日が西に沈(しず)めば則(すなわ)ち花は西に朝(むか)う」
である。これが、ヒマワリの日に向こうて回転する、という中国での説である。
ヒマワリはキク科に属する一年生草本(そうほん)で、その学名を Helianthus annuus L. と称し、俗に Sunflower といわれている。すなわち太陽花、すなわち日輪花(にちりんか)である。右属名の Helianthus は、これまた同じく Sunflower と同義で日輪花(にちりんか)を意味し、種名の annuus は一年生植物の義である。なぜこの花を日輪(にちりん)、すなわち太陽にたとえたかというと、あの大きな黄色の花盤(かばん)を太陽の面とし、その周辺に射出(しゃしゅつ)している舌状花弁を、その光線に擬(なぞら)えたものだ。
中央に広く陣取(じんど)って並(なら)んでいる管状(かんじょう)小花は、その平坦(へいたん)な花托面(かたくめん)を覆(おお)い埋(う)め、下に下位子房(かいしぼう)を具(そな)え、花冠(かかん)は管状をなして、その口五裂(れつ)し、そして管状内には集葯(しゅうやく)的に連合した五雄蕊(ゆうずい)があり、中央に一本の花柱(かちゅう)があって右の葯(やく)内を通り、その柱頭(ちゅうとう)は二岐(き)している。花の後(のち)には子房(しぼう)が成熟して果実となり、果中に一種子があり、種皮の中には二子葉(しよう)を有する胚(はい)がある。春にこの種子を播(ま)けば能(よ)く生ずる。はじめ緑色の二枚の子葉(しよう)が開展し、その中央から茎(くき)が出て葉を着(つ)ける。そしてその胚には油を含(ふく)んでいる。
茎(くき)は巨大で、高さが二メートル以上にも達し、あたかも棒のようである。
葉は広くて、長葉柄(ちょうようへい)を具(そな)え、茎に互生(ごせい)しており、広卵形(こうらんけい)で三大脈を有して、葉縁(ようえん)に粗鋸歯(そきょし)があり、茎(くき)と共(とも)にざらついている。茎(くき)の頂(いただき)に一花あるものもあれば、また分枝(ぶんし)してその各枝端(したん)に一輪(りん)ずつの花を着(つ)けるものもある。また品種によって花に大小があり、その大なるものは直径およそ二十センチメートルばかりもあろう。
このヒマワリの花は、他のキク科植物と同じく集合花で、そのおのおのを学問上で小花(フロレット)と称する。すなわち、この小花が集まって一輪の花を形作っている。こんな集合花を、植物学上で頭状花(とうじょうか)と称する。キク科の花はいずれもみな頭状花である。つまり寄(よ)り合い世帯(せたい)、すなわち一の社会を組み立ている花である。そしてこの寄り合い世帯には、分業が行われてたいへんにこの花に利益をもたらし、それがためにたくさんな種子がよく稔(みの)ることになっている。
ヒマワリの花は虫媒花(ちゅうばいか)である。昆虫が花の蜜(みつ)を吸(す)いに来て、花盤面(かばんめん)にあるたくさんな小花の上を這(は)い回ると、花が一度に受精(じゅせい)する巧妙(こうみょう)な仕組みになっている。これは他のキク科植物も同様である。
右に分業といったが、すなわち、花盤(かばん)上にある小花はもっぱら生殖を司(つかさど)り、周辺にある舌状(ぜつじょう)小花は、昆虫に対する目印(めじるし)の看板(かんばん)と併(あわ)せて生殖を担当(たんとう)している。こんな分業などが能(よ)く行われ、且(か)つ受精が巧妙(こうみょう)に行(ゆ)きわたり、また種子の分布(ぶんぷ)も巧(たく)みなので、キク科植物は地球上で最も進歩発達した花である、と評価せられている。そしてキク科植物は、他のいずれの科のものよりも勝(まさ)ってたくさんな種類を含み、はなはだ優勢である。
ヒマワリの姉妹品(しまいひん)にキクイモがあって同属に列する。その学名を Helianthus tuberosus L.(この種名は塊茎(かいけい)を有する意)と称し、俗に Girasole または Jerusalem artichoke と呼び、やはりアメリカ合衆国ならびにカナダがその原産地である。地中にジャガイモ(馬鈴薯(ばれいしょ)というは大間違い)のような塊茎(かいけい)が生じて食用になるのだが、それにまったく澱粉(でんぷん)はなく、ただイヌリン(ゴボウと同様)があるのみである。味は淡白(たんぱく)であって美味(うま)くないから、だれも食料として歓迎(かんげい)しない。しかれども方法をもってすれば、砂糖(さとう)が製せられるから捨てたものではない。
出典 植物知識 牧野富太郎