オキナグサ 植物画
オキナグサ
春に山地に行くと、往々オキナグサという、ちょっと注意を惹く草に出逢う。全体に白毛を被(かぶ)っていて白く見え、他の草とはその外観が異っているので、おもしろく且(か)つ珍しく感ずる。葉は分裂しており、株から花茎が立ち十数センチメートルの高さで花を着けている。花は点頭して横向きになっており、日光が当たると能(よ)く開く。花の外面に多くの白毛が生じており、六片の花片(実は萼片(がくへん)であって花弁はなく、萼片が花弁状をなしている)の内面は色が暗紫赤色を呈(てい)している。花内(かない)に多雄蕊(たゆうずい)と多雌蕊(たしずい)とがある。わが邦の学者はこの草を漢名の白頭翁だとしていたが、それはもとより誤りであった。この白頭翁はオキナグサに酷似した別の草で、それは中国、朝鮮に産し、まったくわが日本には見ない。ゆえに右日本のオキナグサを白頭翁に充てるのは悪い。
さてこの草をなぜオキナグサ、すなわち翁草というかというと、それはその花が済んで実になると、それが茎頂(けいちょう)に集合し白く蓬々(ほうほう)としていて、あたかも翁の白頭に似ているから、それでオキナグサとそう呼ぶのである。この蓬々となっているのは、その実の頂にある長い花柱に白毛が生じているからである。
この草には右のオキナグサのほかになおたくさんな各地の方言があって、シャグマグサ、オチゴバナ、ネコグサ、ダンジョウドノ、ハグマ、キツネコンコン、ジイガヒゲ、ゼガイソウもその内の名である。右のゼガイソウは、すなわち善界草(ぜんがいそう)で、これは謡曲(ようきょく)にある赤態(しゃぐま)を着けた善界坊から来た名である。
『万葉集』にこの草を詠(よ)み込んである歌が一つある。すなわちそれは、
「芝付の美宇良崎(みうらざき)なるねつこぐさ、相見ずあらば我(あれ)恋ひめやも」
である。そしてこのネツコグサは、ネコグサの意で、オキナグサを指している。花に白毛が多いので、それで猫草といったものだ。
このオキナグサは山野の向陽地に生じ、春早く開花するので、子女などに親しまれ、その花を採って遊ぶのである。葉は花後に大きくなる。根は多年生で肥厚(ひこう)しており、毎年その株の頭部から花、葉が萌出(ほうしゅつ)するのである。
この草はキツネノボタン科に属し、その学名を Anemone cernua Thunb. とも、また Pulsatilla cernua Spreng. ともいわれる。そしてその種名の cernua は点頭(てんとう)、すなわち傾垂(けいすい)の意で、それはその花の姿勢に基づいて名づけたものだ。
出典 植物知識 牧野富太郎