キキョウ 画像
キキョウ
キキョウは漢名(かんめい)、すなわち中国名である桔梗の音読(おんどく)で、これが今日(こんにち)わが邦(くに)での通名(つうめい)となっている。昔はこれをアリノヒフキと称(とな)えたが、この名ははやくに廃(すた)れて今はいわない。また古くは桔梗(ききょう)をオカトトキといったが、これもはやく廃語(はいご)となった。このオカトトキのオカは岡で、その生(は)えている場所を示し、トトキは朝鮮語でその草を示している。このトトキの語が、今日(こんにち)なお日本の農民間に残って、ツリガネソウ一名ツリガネニンジン、すなわちいわゆる沙参(しゃじん)をそういっている。 右のオカトトキを昔はアサガオと呼んだとみえて、それが僧昌住(しょうじゅう)の著(あらわ)したわが邦(くに)最古の辞書である『新撰字鏡(しんせんじきょう)』に載(の)っている。ゆえにこれを根拠(こんきょ)として、山上憶良(やまのうえのおくら)の詠(よ)んだ万葉歌の秋の七種(ななくさ)の中のアサガオは、桔梗(ききょう)だといわれている。今人家(じんか)に栽培(さいばい)している蔓草(つるくさ)のアサガオは、ずっと後に牽牛子(けんぎゅうし)として中国から来たもので、秋の七種(ななくさ)中のアサガオではけっしてないことを知っていなければならない。 キキョウはキキョウ科中著名(ちょめい)な一草で、Platycodon grandiflorum A. DC. の学名を有する。この属名の Platycodon はギリシア語の広い鐘(かね)の意で、それはその広く口を開(あ)けた形の花冠(かかん)に基(もと)づいて名づけたものである。そして種名の grandiflorum は、大きな花の意である。 キキョウは山野(さんや)の向陽地(こうようち)に生じている宿根草(しゅっこんそう)であるが、その花がみごとであるから、観賞花草として能(よ)く人家(じんか)に栽(う)えられてある。茎(くき)は直立して、九〇ないし一五〇センチメートルばかりに達し、傷(きず)つけると葉と共(とも)に白乳液(はくにゅうえき)が出る。葉は緑色で裏面帯白(りめんたいはく)、葉形(ようけい)は広卵形(こうらんけい)ないし痩卵形(そうらんけい)で尖(とが)り、葉縁(ようえん)に細鋸歯(さいきょし)がある。ほとんど無柄(むへい)で茎(くき)に互生(ごせい)し、あるいは擬対生(ぎたいせい)し、あるいは擬輪生(ぎりんせい)する。 秋に茎(くき)の上部分枝(ぶんし)し、小枝端(しょうしたん)に五裂(れつ)せる鐘形花(しょうけいか)を一輪(りん)ずつ着(つ)け、大きな鮮紫色(せんししょく)の美花(びか)が咲くが、栽培品には二重咲(ふたえざ)き花、白花、淡黄花(たんおうか)、絞(しぼ)り花、大形花、小形花、奇形花がある。そしてその蕾(つぼみ)のまさに綻(ほころ)びんとする刹那(せつな)のものは、円(まる)く膨(ふく)らみ、今にもポンと音して裂(さ)けなんとする姿を呈(てい)している。 花中に五雄蕊(ゆうずい)と五柱頭(ちゅうとう)ある一花柱(かちゅう)とがあるが、この雄蕊(ゆうずい)は先に熟(じゅく)して花粉(かふん)を散らし、雌蕊(しずい)に属する五柱頭は後に熟(じゅく)して開くから、自分の花の花粉を受けることができず、そこで昆虫の助けを借りて、他の花の花粉を運んでもらうのである。つまり桔梗花(ききょうか)は、自家結婚ができないように、天から命ぜられているわけだ。植物界のいろいろな花には、こんなのがザラにある。花を研究してみると、なかなか興味のあるもので、ナデシコなどもその例に漏(も)れなく、もしも今昆虫が地球上におらなくなったら、植物で絶滅するものが続々とできる。 花の時の子房(しぼう)は緑色で、その上縁(じょうえん)に狭小(きょうしょう)な五萼片(がくへん)がある。花後(かご)、この子房(しぼう)は成熟して果実となり、その上方の小孔(しょうこう)より黒色の種子が出る。 地中に直下する根は多肉(たにく)で、桔梗根(ききょうこん)と称し※(「ころもへん+去」、第3水準1-91-73)痰剤(きょたんざい)となるので、したがってこの桔梗(ききょう)がたいせつな薬用植物の一つとなっている。春に芽出(めだ)つ新葉(しんよう)の苗(なえ)は、食用として美味(びみ)である。
出典 植物知識 牧野富太郎